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インタビュー

Vol.1「元気になる病院の18年構想とは?」

黒沢病院(高崎市中居町)の黒澤功院長は、前身の黒沢医院開設から30年以上にわたり、
患者様視点の医療をモットーに治療だけでなく、「地域の健康を守りたい」という思いで地元に
密着した様々な活動を続けています。

その活動の集大成として、新棟「黒沢病院附属ヘルスパーククリニック」がいよいよオープンします!
今回は、黒澤院長にヘルスパーククリニック誕生物語をインタビューさせていただきました。
(別冊建築ジャーナルより)


医療法人社団美心会理事長
黒沢病院 院長
黒澤 功(くろさわ いさお)様

 

 

 

 

【プロフィール】

 

群馬県多野郡神流町(旧中里村)生まれ。
岩手医科大学昭和1966年卒。
群馬大学医学部泌尿器科入局、同科医局長を経て、1977年黒沢医院、1985年に黒沢病院を開設。
医療法人社団美心会理事長。

 

病気にならないための病院づくり

――群馬県の地域医療の中核として30年間活動されてきた中なかで、18年も前から今回の
「黒沢病院附属ヘルスパーククリニック」構想を練っておられたそうですが、どのような背景から
このような施設を設立しようと考えられたのですか。


黒澤  私が黒沢医院を開設した1977年当時は、群馬県内にはまだまだ十分な医療設備が整って
いない状況でした。1985年に西棟を増築して人間ドック専用のフロアを設けたんです。
今では当たり前ですが、病気の人たちと健康な人たちのゾーンをきちんと分けた施設をつくりたかっ
たのです。
そうして人間ドックをやってきましたが、毎年メタボリックの診断であるにもかかわらず、少しも良く
ならず同じ体重で利用者がドックにやって来ます。
このままでは、高齢になれば生活習慣病になってしまう・・・。
それでは、わざわざ黒沢病院のドックに来てもらっているのに申し訳ないと考え、ドックの後は
オーダーメイドの運動や食事ができるようにして、その疾患あるいは疾患をおこすであろう状況の
改善を図る設備をつくりたいと思ったわけです。

――そういうなかで、どのようにしてドムスデザインと出会われたのですか。


黒澤  このヘルスパーククリニックには、病院として世界初の試みもたくさんあります。
したがって、建物の意匠にも新しい考えを取り入れたいと思っていました。うちの管理局長からも
「やはり女性の考えが欲しい。女性には女性独特の考えがある。」と言われ、女性の建築家を探し
ていたのです。3~4人の女性建築家のリストから、これまでやってきた仕事の履歴とその経験や
考え方から、ドムスデザインの戸倉さんを選ばせてもらいました。
戸倉さんの経歴を見ると、看護師をしていて、そこから建築を始めている。おそらく、看護師をして
いた時の「もっとこうすればよかった」という経験が心の奥底にあって、その上で建築への考えを
持っているのだろうと思いました。



自分がして欲しいことをしてあげたい

――今回のヘルスパーククリニックでは、どのような試みがあるのですか。

黒澤   うちの病院で今一番のクレームは待ち時間が長いということです。現状では、待っていただく
のに座るところもない状況ですが、ヘルスパーククリニックには、待合室に100~150人入れるよう
な映画館をつくります。
これはもちろん、私が世界の最先端の病院を見て回ってもどこにもないもの
なんです。そこで、自然の風景といった癒しの映像を流して、快適に待っていただこうと思っているん
です。

  

 

 

 

                                        

――待ち時間さえも癒しの空間になるわけですね。

 黒澤  私どもの病院では、患者さんにさわやかに目覚めていただくために、朝6時半に癒しのテープを全館
に流すということを20年も前からやっているんですよ。それから、病室をはじめとして75箇所ある全ての部屋
の花は、30年間休まず毎日、新しい花を生けるようにしています。
花代を出せる病院は他にもあると思うんですが、毎日花を元気にしておくというのは非常に大変なことです。


 



――もともと療養の環境を整えるというベースがあったということですね。

黒澤    自分がして欲しいことをしてあげたいというのが基本なんです。例えば、自分の楽しみは食事と一日の最後に入る風呂だから、患者さんにもそうしてあげたいということで、20年前に建てたこの病院にも展望
風呂があるんですよ。あと、3度の飯は誰でも楽しみなわけです。僕らは健康だからたまには旨いものでも食
いに行こうといって出かけられますが、患者さんはそういうわけにはいきません。ましてやこの飯が最後で亡
くなる方もいらっしゃるわけです。だから、美味しいものを食べてもらいたいといと思って、米も自分で、新潟県
魚沼郡という一番美味しいところへ買いに行っています。
自分の親が死ぬ前には美味しいものを食べさせてあげたいと思うように、患者さんにもそうしてあげたいという
思いでやっているんです。



たった1割の新しいことが全体を大きく変える

 ――ドムスデザインとは2008年に入ってから一緒にお仕事を始められたわけですが、実際にお仕事をされてみていかがでしたか。

黒澤   いつも提案にカラーをつけたものを持ってきてくれるので、非常に素人にわかりやすいですね。
平面図ではわからなくても、戸倉さんのデッサンを見ると自分なりに理解して検討できるわけです。
もうひとつは、今日言ったことを来週には描き変えてきてくれて、非常に早くて行動力がありますよね。
やはり早さというものが大事で、遅くなればなるほど工期がつまって、こちらの希望のものができないというこ
とになるので、早ければ早いほど、次へ次へと余裕をもって進められ、私の希望通りになっていくわけです。

 ――女性ならではの新しい提案はありましたか。

黒澤   やはり女性でなくては気づかないような提案がいろいろとありました。特にユニークだったのは、廊
下に「ラベンダー通り」とか「ジャスミン通り」とか、ハーブの名前をつけて、名前にあわせて廊下の内装を変え
るという提案。それから、ドックの部屋は19床あるんですが、その部屋を回ると世界旅行ができるように、1つ
1つの部屋のインテリアや色を変えるという提案ですね。私はとても面白く思ったんですが、経験豊かな年配
者は、「通りの名前なんてどうでもいい」とか「病院らしくない提案」と違和感を感じたようですね。
私はその辺は若い考え方がありますから、いいと思った方を提案しています。


 

 

 














――そういう意見を戦わせるというのが大事ですよね。

黒澤  おっしゃるとおりですね。今までは決まりきった感じで、「そうなるものだ、こうなるのが当たり前だ」と
いう感じでつくっていましたが、戸倉さんが新しい提案を早めにどんどん出してくれるので、私も刺激を受けま
すし、何より私の考える時間が取れるのが良かったですね。すべてが戸倉さんの提案通りではなく、8割が消
えて2割が残るという感じですが、この残った2割がすごく大きいと思います。
それが1割でもいいと思うんで
す。1割でも新しいことができれば、ものすごく変わると思いますね。おかげさまで、自分たちの考えていたよ
うなものができつつあると思います。
本当に何も知らずに顔つきと履歴だけで選んだのですが、戸倉さんが「私の選んだ人の実力を見てください」
といえるような人でよかったですよ。



 


                                         

【編集後記】 

黒沢病院の名刺の裏には、「医は美心なり」と書いてありました。
どこまでも美しい心で、「患者さんのために」という熱い想いで医療に携わり、、
「地域の健康を守りたい、恩返しがしたい」という黒澤院長先生の言葉に大変感動しました。
私たちも多くの人の笑顔のために「人間がこの世に誕生してからエンディングを迎えるまでの環境」を、
トータルでデザインして社会に貢献して行きたいと!改めて思いました。ありがとうございました!